新・男はつらいよ

1970。
ヒロイン 春子 (栗原小巻)。
第4作目。
今回も山田洋二は脚本。監督は小林俊一。
前作とは違う意味で普段見慣れている寅さんシリーズとはテイストが違うかな。
映画の前半を新喜劇シリーズの様なドタバタ喜劇にたっぷり使い、ヒロインとの絡みは後半であっさりめ。これはこれで面白いけど。
しかし光男(初代)の成長しなさ加減を見るにつけこの時期がいかにこのシリーズの量産体制っぷりがわかるよな。ずーっと光男赤ちゃんなんだもん。すげえよな。
まじで初代光男大好き。あのほえーっとした顔。赤ちゃんなんて普通はいくらでも替え玉使うところだがスタッフがよっぽど気に入ったのかな。あの顔芸術だもんな。
あとは量産体制の弊害か、当時売れっ子であったであろう倍賞千恵子が前作に引き続き本作もほとんど出てこず。当時のポスターにはでかでかと載っていますが。
そんでこれも量産体制からか、地方ロケはほぼなく、寅さんの商売先の具体的な地名も出てこず。ほぼ都内というか柴又とか水元公園とか。
まあ見慣れた風景が出てくるのはうれしいし、現在の風景と比べるのも楽しい。
そういえばこないだ帝釈天行ったときに、裏の庭園からお寺に併設している幼稚園が見えるんだけど、そこの園児たちがみんな真っ白いエプロンしててかわいかったのよ。
本作のヒロイン春子さんが帝釈天の幼稚園の先生なんだけど、なんとその当時の園児たちもおんなじ真っ白いエプロンしててまじでびっくり。かわいいよなあれ。
少なくとも50年以上前からの伝統なのかな。かわいい。
こういうタイムカプセル的な時代の楽しみ方も映画のいいところだよな。
んで本編。
本作のオープニング曲はいつもと歌詞の違う幻(?)の3番。そもそも寅さんのあの曲って何番まであるんだっけ。カラオケにはいつもの2番までしか入ってないんだよな。あのレコード盤の。というか音源として正式に入手できるのはあの1番2番だけっぽいな。
せめてカラオケぐらいは歌詞違いでいろんなバージョン作ってほしい。
冒頭シーンは寅さん夢オチではなく、とある地方の老婆に孫からプレゼントが送られることを知り、寅さんは自分自身を内省しつつ柴又のおいちゃんおばちゃんに思いを馳せる、という「お。今回は人情系か」と思わせる出だしだが、あっという間に裏切られドタバタ喜劇が始まる。
単純にこの転換も面白いし、このしみじみ話が結果前半の喜劇のフックになってるのもよい。
競馬であぶく銭を得た寅さんがおいちゃんおばちゃんをハワイに連れてってやろうとするが旅行代理店に詐欺られて飛行機にも乗れず、羽田で足止めを食らい世間体から旅行に行ったテイでとらやに身を隠す、という新喜劇を前半40分かけてたっぷり描きますよ。というある意味意欲作。
寅さんの願いが通じた馬って「タンクタイガー」だとばっかり思っていた。正しくは「ワゴンタイガー」だった。記憶違いか?それともほかの作品に競馬って出てきましたっけ。タンクタイガーの記憶はどこから来たのか。
のぼるの就職先とか、「盗人に追い銭」の体現とか、面白シーンはめちゃくちゃあるんだけど、やっぱりこのドタバタ喜劇の本質は寅さんとおいちゃん、おばちゃん、ひろしとの肌間隔の違いだよな。
あぶく銭は身につかない、と怒るおいちゃんに対し、俺はあんたたちにせめて旅行でもと思い三日間断酒し神仏に祈りを捧げ賭け事に臨んだと異議を唱える。
ひろしからは兄さんそれは望んでない。お二人の望みは旅行なんかじゃなく、兄さん自身が身を固めて真面目には働いてくれることだ、と諭すが寅さんには通じない。
んでこれがきっかけで案の定寅さん出てっちゃうんだけど、このエピソードをおばちゃんから聞いたさくらは江戸川の土手で「おにいちゃん何だかかわいそう」とさめざめと涙を流すと。
このやるせなさが寅さんだよな。
結局一か月足らずで帰ってくる寅さんが、自分の部屋を下宿に貸したことに怒りつつ、その下宿人が今回のマドンナ春子さん(めちゃくちゃかわいい)で恋心を寄せる、というパターンに入るわけだけど、前半たっぷりドタバタした結果マドンナターンが比較的あっさり。
恋のライバルを物語の終盤でノーモーションで出現させたり、そもそも今回のヒロイン像をまったく掘り下げなかったり。
でもこれが悪いんじゃなくて、ヒロインの父親との確執を全く描かず、観客の創造に委ねさせた上でその父の死の悲しみをどう処理していいのかわからないヒロインに思いを馳せさせたりとなかなか乙な演出。
結局当然寅さんは振られるは振られるんだが今回の春子先生には全く非はないですね。寅さんが勝手に舞い上がっただけっぽい。そもそも保育園の先生なんていくつだと思ってんだ。下手したら20歳くらいしただろ。目を覚ませ寅さん。